2015年11月13日金曜日

例え屋


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「で?」
「で、えーっと」僕は、そんなリアクションが返ってくるとは思わなかったので面食らったが、また同時に、よく考えてみると『で?』というのは相手が『それがどうかしたのですか?』という返球をしているわけで、少なくとも『ふーん』とか『はぁ』といったリアクションに比べると、実は優しい返答なのではないか、と考えたりした。
「それで、小説家とかライターとかからこっそり依頼が来るの。ここのところのいい例えを考えてくれ、って。まるでXXのようだ、とか書いてあってエックスのところを埋めて送り返す」僕は適当に続けた。
「小説家とかがその存在を知ってるの?」
「そのへんは風のうわさでじわじわ浸透してくんだよ」
「ふーん」
一瞬の間。
「例え一ついくら、って感じで料金がきまってるんだ」
「それってつまんない例えが返ってきたら嫌じゃん」
「その辺は依頼者も承知の上でやるんじゃん」
「はぁ」
「そうやってなんか例えのうまさが光る文章が世に増えてくるようになって、あるときその例え屋の存在が明るみに出るんだよ。現代社会はその辺に厳しいからね。ネットとかでうわーって。あ、そのころには例え屋はネットにわんさか出てるんだよ。あなたの文章例えますって」
僕は思いつくままに続けた。
「そうすると、世の中の活字の中に登場する例えは、全部例え屋に依頼したものじゃないかって疑ってかかるようになるから、だんだん活字に例えを書くのをためらうようになる。例えのうまさを武器にしていたライターにとっちゃたまったもんじゃないよね」
意外にも続きをすらすらと話すことができたので、僕はさぞ得意げな顔をしているだろうと、思って恥ずかしくなり、下を向いてコーヒーをストローでかき混ぜた。
「この例えはどうせ例え屋に依頼してつくってもらったやつでしょ、って目で見られるから文章中の例えの価値はどんどん下落する。もはや、例え、というのは会話の中で出すことしか認められないような空気にさえなってしまうんだね。会話の中で自然と出た例えは、例え屋に依頼したものじゃないって分かるから。うまい例えが出た時には、お前例え屋になれよーなんてあおられるんだ」
「お前、例え屋になれよー」棒読みで彼女は言った。
「例え屋の存在は、世の中のありとあらゆる文章にかなり大きな影響を与えてしまう。例え屋について考えたことのある人はみんなこの結論に至るから、例えがうまい人でも例え屋を開こうとは思わないんだ。だから例え屋は今の世の中に存在してない」
彼女はスマホで『例え屋』と検索をかけていた。
ああ、日常会話は常にスマホを通じて検閲される可能性がある、そんな世界だ。例えが会話中に出た時に、その例えがオリジナルのものかどうかチェックされてしまう検索サービスの話を続けても良かったな。そんなことを考えた。
さっき思いついた『撥水加工された餃子がタレとなじめないでいるようなもんだね』という例えは間違いなくオリジナルだろう、と僕は思った。
何を例えるものかもわからないし、撥水加工された餃子は食べたくない。

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