2015年9月11日金曜日

夢の話(3) c9 という部屋番号

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映画館の廊下を歩いていた。
明るくはない、落ち着いている。ホテルの廊下のような幅。
壁紙は模様もなく光沢も無く画用紙のようで、黒っぽい青に温かみのある照明が当たっていた。
廊下の明るさは映画館のようだったが、すでにそこは映画館ではなかったし、父はもう見えなかった。

廊下を歩いていると、角に差し掛かった。
突き当りをL字に折れて、右に曲がってさらに廊下が続いているようだった。
右には廊下が続いていて、左の壁には、入り口らしきものがあった。
右奥には右に通じる廊下が延びていて、左奥にはその入り口がある。
ドアは無くて、入り口からは光が漏れていた。
僕は右に続く廊下と左の壁あるその入り口に気づいてから、もう少し歩いて、
角の5~6mほど手前から、左の明るい入り口を見ていた。
廊下は明るくなかったから、その光がとても明るく感じた。


その入り口には、表札のようなものがあった。
15cm×20cmくらいの横に長い長方形の板が、入り口を正面に見て左の壁にかかっていた。
入り口の5~6mほど手前から左奥にあるその入り口を見ていたので、表札があって、その奥に入口があるという構図だった。
表札には白い字で部屋の番号のようなものが書かれていた。
そして、小さな照明が板のすぐ上についていて、板を照らしていた。

僕は、その入り口から部屋に入った。
小さな部屋だった。
入るとすぐに3段ほどの階段があった。
部屋は縦に長く、幅が狭かった。
そのうえ、部屋の壁に沿って置かれている腰の高さほどの黒い棚が部屋を圧迫し、人が一人通れるほどの通路しか残されていなかった。
暖色の照明が大量に設置されていて、外の廊下が暗かったこともあり、とても眩しく感じた。

狭い通路を置くまで歩いて行くと、部屋の一番奥には、天井から黒い網のようなものがつるされていた。
掃除用具箱のような大きさの黒い枠におさまっているその網は、床の近くまで垂れさがっていた。
縦長の袋状になっていて、寝袋のように縦に切れ目が入っていた。


僕は部屋の一番奥の、その黒い網のところまで進み、その網に手を触れた。

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黒い網に手を触れたタイミングで、僕は目覚めた。

夢の中の出来事は、起きて数秒でもやがかかって思いだせなくなる、ということは良くあることだが、そのときはそういったことは無く、その夢は記憶に残り、後になっても鮮明に思い出せた。
さらに、度々その記憶を反芻したため、記憶は定着した。
それほど、印象深い夢だった。

いわゆる「どうしてこのような夢を見たのか説明できない夢」であることは間違いなかったが、夢の中でよくわからない所を歩いたりよくわからない部屋に入ったりすることは、特におかしいことではないように思う。

しかし、一点、気にかかるものがあった。
表札だ。
なぜ特定の文字列があの場で選ばれて表示されていたのだろうか。
思い返してみても、「c9」という文字列が出てくるにふさわしいような過去の出来事は無く、別にあそこに書かれている文字は「h6」でも「p0」でも「あ」でも何でもよかったわけで、そこでたまたま選ばれた文字列が不思議で仕方なく感じた。

僕は何を思ってそこにそれを書いたのだろうか。
夢を描くのは僕の脳以外の何物でもなく、この出来事(僕にとってはとても興味深い出来事、事件と言ってもいいくらいのことだった)とそれに対して疑問を持っているという事実が、完全に自分の内側で閉じているわけで、面白かった。

また、この疑問も魅力的だったが、それと並んでその表札のデザインもまた魅力的だった。
板の色と文字のフォント、そしてそれを照らす照明が、落ち着きがありながら世俗を寄せ付けない緊張感を持っていて、あの部屋の入り口にぴったりのデザインだった。
このことが、さらにこの夢の評価を上げた。



結局、しばらく月日が経って、なぜあれが「c9」という文字だったかを問うことには意味が無いと感じるようになった。
サイコロをふって6が出た時に、「なぜ6が出たのか、1でも4でもよかったのに」と問うのと同じようなことだと思うようになった。
つまり、たまたまでしょ、って。
まあでも、素敵な板を一枚見ることができたのは間違いないのであって、それによって引き起こされるうきうきした気持ちは今後も変わりない。
当時、どんなデザインだったか忘れてしまわないようにと作成したもの。
個人的には「レプリカ」だが、他人からすれば「オリジナル」だろう。

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