2017年7月28日金曜日

利き手の話


僕は左利きだ。しかし、幼稚園の時に、そこそこ高さのある遊具から落下して左腕を骨折し、それがきっかけで右手でものを書く・描くことを覚えて以来、ペンだけは右手を使う。


小学校のころのある日、ペンを右手で使い、そして消しゴムも右手で使っている人を目撃して驚いた。右手で字を書いて、消しゴムを使いたいときにはペンを一旦置いて消しゴムに持ち替えているのだ。謎の光景だ。なぜ左手で消しゴムを使わないのだろうか。片手が余っているではないか。右手にペン、左手に消しゴムを持って書き物をしていた僕にとって、両手を使うことは当然のことだと思っていたので、左右の手で分業をしないことが不思議に写った。しかし、その後観察してみた結果、どうもペンも消しゴムも右手という人が少なくないことが分かった。左利きだったから左右の手で分業するのが当然だと思っていただけで、右利きの人にとっては当然ではないのだろうか。


左利きの人同士が集まると「左利きあるある」が話題になったりする。まあまあ共感できるものが多いのだが、昔テレビで見た「あるある」の中に「駅の改札口で右側に切符を入れる口があるので、切符を持っている左手を無理やり右側に曲げないといけない」というのがあったのだが、流石にそれは意味が分からない。切符ぐらい右手で持てるだろう。


というわけで、利き手じゃないほうの手はそんなに自由が利かないのだろうか、と疑問に思うのだが、あまり本気になって調べる気もしないのでエッセイのようにここに書きました。

年齢が上がるにつれて自分の周りの左利きの割合が増えている気がしている。今の研究室は20人中5人が左利きで、25%だ。皆で集まってテーブルでご飯を食べるときには、普通左利きの人は左手が隣に当たらないように左隅に座りたがるのだが、左利きの人の右隣に座ればそういった問題は発生しないので、左利きは左利き同士横に並びたがる。最低エネルギー状態になろうと必死なのだ。

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